御言葉を通して、また祈りを通して、クリスチャンが元気になれるようなブログをつくってみたいと思います。

2011年2月アーカイブ

聖書の解釈

「何よりもまず心得てほしいのは、聖書の預言は何一つ、
自分勝手に解釈すべきではないということです。
なぜなら、預言は、決して人間の意志に基づいて語られたのではなく、
人々が聖霊に導かれて神からの言葉を語ったものだからです。」

ペトロの手紙二 1:20-21

(日本聖書協会『聖書 新共同訳』より)

聖書勉強をする時毎に意識する御言葉です。

ちょうど、このブログでは、「聖書って読んだことありますか?」と問いかけていますが、
それにふさわしい御言葉ですね。

聖書はほかのどの本とも異なります。
文字で書かれていることや、書店で売っていることなどは同じですが、
そういった表面的なことではなく、中身についてです。

聖書は人間の手によって書かれはしましたが、
人間の意志によって書かれたものではないのです。

勝手に内容をしん酌することはできません。

記者は人間かもしれませんが、
著者は神様(聖霊様)ということになります。

この点を心得なければならないとペトロは言っています。

人間の言葉は必ずいつか、地に落ちます。力がないのです。
影響力はあっても、真理でなければ意味をなしません。

しかし、「神からの言葉」は違います。人々が聖霊に導かれて書いたものだからです。

今までも知っていた事実ではありますが、
聖書をおろそかにしていたのではないか?と思い、悔い改めました。
神様が語っておられるのです。耳を傾けないでいることは申し訳ないことではないか??そう思いました。

世の中にはたくさんの本があります。
もちろん有益になる本もありますが(参考書とかね(笑))、
一点一画も誤りなく、また加えられることも抜き取られるところもないのが聖書の言葉です。
変わらない真理の言葉です。
だからこそ人を導くことができます。
人の人生に大きな影響を与えることができます。

先日は参考書を読んでいて、誤植を発見しました。
「なんだよ?、またか?。」と思いながら、
でも図書館の本なので、ペンで修正するわけにもいかず、もじもじしていましたが、
その時にもこの御言葉を思い出しました。
決して誤りのない本は聖書だけなんだ・・・と。

人の人生を導く灯は聖書しかありません。
この聖書についてこのブログで書いていけたらいいなと思います。

難し解釈についてとか、神学について、書いていこうとは思いません。
恵まれたこと、決心したこと、悔い改めたこと、
そういったことを分かち合えたらいいなと思います。

毎日は更新できないかもしれませんが、
読んでくださる方と恵みを共にできたらうれしいです。

使徒言行録18章9節-11節

ある夜のこと、主は幻の中でパウロにこう言われた。

「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。

わたしがあなたと共にいる。

だから、あなたを襲って危害を加える者はない。

この町には、わたしの民が大勢いるからだ。」

パウロは一年六か月の間ここにとどまって、人々に神の言葉を教えた。

日本聖書協会『聖書 新共同訳』より)

ユダヤ人たちの迫害に遭って、服の塵を振り払っパウロたちでしたが、
おもそこに残り、異邦人たちのために福音を伝え続けました。

なんと、力強い主の御言葉でしょうか。
日本にも、「わたしの民が大勢いる」と信じて、
諦めずに福音の種を蒔いていきましょう。

はじめまして

このブログでは、クリスチャンの皆さんが、御言葉で励まされるような、

元気がでるようなコンテンツを提供していけたらなと思っています。

御言葉の引用は、日本聖書協会・新共同訳聖書からです。

(引用許可を申請予定→許可していただきました!!)

よろしくお願いします。



PS

やっとブログの設定ができました。

mt-staticディレクトリのパスが間違っていました(苦笑)。

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